OUR STORY
ベビースタジオの物語

1933年8月8日
荒川初次郎によって「写真」への物語が始まりました。養老公園にある日本で一番破天荒なテーマパーク「養老天命反転地」を作った美術家の荒川修作「自分が驚かないような事は絶対にやるな!」を親戚に持ちます。ここにいると初次郎さんや修作さん、先代や関わり深い人の話を聞きます。歴史の持つ魅力をはっきりと感じています。

いつも考えるんです。正しいとは?正義とは何なのか?修作さんを「死なない子供」という人がいます。様々なエピソードの持ち主で大阪万博太陽の塔の作者、岡本太郎の弟分として可愛がられていた修作さん、三島由紀夫を紹介され自己紹介のかわりに渡された三島由紀夫の自著を「くだらない」と窓から投げ捨て大喧嘩、岡本太郎さんも仲裁には大変だったようですが、その後は誰より増して親密な関係だったようです。修作さんはNY在住、一時ボブ・ディランと暮らしていましたが、ボブ・ディランを有名なミュージシャンと認めず、さらに「音楽なんてクソだ!」とボブに言った事もあるようです。ジブリの宮崎駿さんとは、一緒に都市をつくって子供たちを楽しませようと言う大プロジェクトが福岡で進行していたそうです。 いずれにしろ幅の広いお付き合いと「死なない子供」と言う言葉がぴったりの大物だったと存じ上げます。

2010年2月創業から77年後荒川写真館の新しい業態としてベビースタジオがオープンしました。
荒川初次郎創業以来、70年以上たってからのスタジオです。
古い価値が正義であり、新しい価値を進めるには勇気と覚悟が必要です。
大先輩に相談すると「ブレーキを踏める人だけに歴史を変える権利がある」と言われ、わたしたちに与えられた
大きなミッション、ベビースタジオは少しずつ動き始めました。
荒川写真館はバックグランド(背景紙)と人工的なスタジオ照明を軸に写真を撮影します。
最大の魅力は、われわれが思う様に光を操り撮影ができる事です。しかし、問題があります。
その光の範囲から動かずじっとしていなければなりません。「動かないで〜」と言うのはそのためです。
どうしてもハーフバースデーや1歳、2歳・・・子供は動くもの、子供の生き生きした表情や自然な仕草
どうしても動きが必要でした。そんな表情豊かな絵を一杯詰め込んだ写真を撮りたい・・・
「しかし、動くぞ、どうするか?」動くならシャッター速度を上げて止めれば良い。
しかし、シャッター幕にけられて写真の半分は黒くなってしまうんです。
本人が撮影照明から少し外れると、写真がアンダーになり絵ズラがよろしくない
バックグランドも幅が決まっていますから、センターから外れるとバック照明もずれてしまい美しくない
それ以上に、子供が遊び始めレンズから消える事がありました。当時は全てに行きずまっていました。
撮りたいイメージはあるのに不可能で一杯だったのです。

イベントイメージ

アメリカが教えてくれたもの

当時、息子がLAにいた事もあり、子供用ドレスやタキシードの仕入れにLAに行っていました。
パーティー王国らしく100件近い店がダウンタウンに軒を連ねています。ハリウッドのある街です。
緑も多く、海あり山あり、どこを撮っても絵になります。
喉が渇きスターバックスへ行くと警官が制服でフツーにお茶しています。
スタバへ行くだけで日本とはまるで違う光景、自由であり、人と人のつながりを感じさせられます。
この国でわれわれはビビッときたんです。
「ちょっと待てよ・・・撮影自体過去にとらわれ過ぎでは?」もっと自由にやれば良い。
新しいスタジオではバックグランドもスタジオの人工照明を捨ててしまえば良い。
バックグランドはこのロサンゼルスを背景にしよう、どこで撮っても素敵な絵になるじゃないか、
照明は太陽、一番しっくり来る光だ。・・・これで決まり!でした。
動く子供を何とかしたい、これがきっかけでしたからスタジオの名前は「ベビースタジオ」とLAで決めました。
「ベビースタジオ」はその後すぐに商標を登録も済ませました。
わたしたちの「ベビースタジオ」は、ロサンゼルスで生まれたのです。

後日本に帰り、一杯にふくらんだ「素敵」を形に変える作業です。
わたしたちだけではまだまだ過去に引きずられている部分も多く、なかなか結論が出せませんでした。
そこで、早速LAから息子を呼び戻しました。
彼は斬新「背景は計画どうりLAにしろ」と進めていましたが「だめだ!街を撮影するのではない、
ただ写真を撮るのではなく、ストーリーやメッセージを感じるものにしたい。
可愛い子をもっと可愛く、そのイメージを作っていきたい。
背景のイメージ、服、ヘアー、小物、ポーズ、全てが調和して初めて「素敵な写真」となる。 そこに「喜び」と「感動」が生まれるはず!撮影背景も手作りで行こう。」
と、何処か先代や、修作さんの匂いも感じていました。
それがベビースタジオのスタートでした。今もスタジオ背景は基本1つ1つ手作りし、どんどん腕を上げています。
その子の写真からストーリーやメッセージをいかに感じるか・・・これが新しいスタジオの価値だと言い切ります。
この彼が今はベビースタジオの撮影、小物から背景作り、商品デザインなどを担当する総括責任者です。

2013年10月ベビースタジオ2号店として全国に例のない、3歳までを限定したスタジオとびっきり愛らしいスタジオ「ベビースタジオ名東店」をオープンしました。

2015年4月歴史の街パリを意識し可愛くカッコよく、そんなお姉ちゃんやお兄ちゃんも撮影出来る様に素敵な背景と衣装を取り入れ「ベビースタジオ本山店」をオープンしました。

2016年8月シック、かっこいい背景から可愛い背景まで取り入れベビースタジオ御器所店+リニューアルオープンしました。

店舗が増えると管理しやすくするため同じ衣装、同じ背景、同じ撮り方、個性がなくなる傾向にあります。ベビースタジオは、それぞれが違うコンセプトで、違う背景で、味のある素敵な写真を撮影できるようになっています。イベントや年齢、気分に合わせてお店を選んでいただけたらと思います。

今年、荒川写真館83年目を迎えました。最近出したDMの文言です。
「七五三から早12年、成人式の準備が整いました。衣装も着付けも全てお任せください」
今年も荒川で七五三撮影していただいたお子さんが早くも成人、マタニティーから出産、お宮参り・百日・ハーフ
BD、入園、七五三、入学、ハーフ成人式、十三参り、卒業入学・・・
ずっとずっと私たちはその節目を追い続けています。大きな節目だけではありません。節目は人によって様々です。
この前、お子様と身長が一緒になったから・・・とお母様との2ショット撮影を希望される方がみえました。
「節目って常にそこにあるんだ」とあらためて思いました。こんな瞬間に家族の歴史を残している事。
われわれの使命だと感じています。

時代とともに変えなければならないモノ、時代が変わっても変えてはいけないコト、長いお付き合いは、人と人の
つながりをつくります。子供が成長し、お父さんやお母さんになり、また、繰り返される。素敵な出会いに感謝です。
ずっといらっしゃるお客様に子供が生まれ、ベビースタジオを利用していただき、変わったね!素敵になったよ!
と、お声をかけていただくと凄く嬉しくスタッフみんなに自慢します。
別の方ですが、何時もベビースタジオでの撮影ですが、十三参りは荒川写真館をご利用いただきました。
ベビーで撮って成長とともに荒川写真館をご利用いただく・・・われわれは、時代が変わっても、変えてはいけない
コトの中で、もっともっとその価値を増幅していかねばなりません。

荒川写真館は今も背景紙を基調に撮影を続けています。
もちろん、時代とともに撮影内容いかんで(マタニティーやこのポーズなどイメージに重点を置きたい時など)
一部室内ロケーション撮影も行いますが、基本バックグランド(背景紙)を使用して撮影していきます。
スタジオの人工照明も使用しているので作者、われわれですが、思うように光を操り撮影ができる事が最大の魅力
ですね(但し、光の範囲から動かないでくださいね)
顔には左右男顔女顔があります。光の入れ方で見え方がかわります。
小顔にしたい時はあごの部分を強調し無いように照明を操ります。
証明写真のお客様もこの部分にほれこんでいるかも・・・
小さな子供(2歳3歳ぐらいまででしょうか?)には、この場所(点)にフリーズする事は脅迫とおなじ
緊張していい表情がだしにくい欠点があります。大きなお子さんは別です。
それゆえ、自然な雰囲気で撮影するならベビースタジオが良いね!と言われる一番大きな理由だとおもいます。
また、成人で、自然なイメージに重点を置いて撮影を希望される方もみえます。
荒川写真館で撮影して、そのままバックインテリアを使用することもあります。
スタジオとしての魅力、環境、共に成長し作っていく歴史、大人になって、結婚式のムービーに一杯写真を詰め込
んで・・・そんな物語に参加できるコト、その意味を大切にしたいと考えています。
人と人の物語は次の素敵な写真を生み出します。素晴らしい、素敵で美しい思い出に寄与すると考えています。
荒川写真館そして、ベビースタジオで、人生の記録をはじめてください。
修作さんが言う「自分が驚かないような事は絶対にやるな!」
現代風に言い換えれば「Be different」
違った事を価値として感動する作品をたくさん残したい。

ご予約フォーム